受験英語から本当に脱却する時が来た — 20年間見て見ぬふりをしてきた構造的問題

大学で英語を教えていると、毎年4月に同じ光景を目にします。

共通テストの英語で8割、9割を取ってきた学生たちが、教室で英語の自己紹介を求められると固まります。名前と出身地を言って、そこで止まる。”I like…”の先が出てこない。相手の英語に相づちを打つこともできない。質問されても、聞き取れたかどうかすら判断がつかない。

こう書くと「最近の学生は」という話に聞こえるかもしれませんが、そうではありません。10年前も、15年前も、同じでした。自分がアメリカで学んでいた時に出会った日本人留学生も、多くが同じ壁にぶつかっていました。

これは学生個人の努力の問題ではありません。6年間、まじめに英語を勉強してきた学生たちです。彼らは与えられたルールの中で最善を尽くしました。問題は、そのルールそのもの――つまり、受験英語というシステムの構造にあります。

そして厄介なことに、この問題はまったく新しい指摘ではありません。

20年以上前から、多くの人が同じことを言ってきました。にもかかわらず、基本的な構造は何も変わっていません。

受験英語が測っているもの、測っていないもの

まず、事実を整理しておきます。現行の大学入学共通テストの英語が測定しているのは、以下のような能力です。

共通テスト英語が測定している能力

  • 文法知識の正確さ
  • 読解速度と情報処理能力
  • 語彙の知識量
  • 選択肢を消去する技術(テストテイキング・ストラテジー)
  • リスニングにおける情報の聞き取り(一方向)

これらは確かに英語力の一部ではあります。しかし、ここに決定的に欠けているものがあります。

共通テスト英語が測定していない能力

  • 発話能力(スピーキング)
  • やり取り(インタラクション)――相手の発言に応答し、会話を展開する力
  • リアルタイムでの理解と即座の応答
  • 文化的文脈やニュアンスの読み取り
  • 自分の考えを英語で構成し、表現する力

ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR: Common European Framework of Reference for Languages)は、言語能力を記述する国際的な枠組みとして広く使われています。CEFRの重要な特徴の一つは、interaction(やり取り)を、reception(受容)やproduction(産出)とは独立した言語活動として明確に定義していることです。

やり取りとは、単に「聞いて」「話す」の足し算ではありません。相手の発言を理解しながら同時に自分の応答を準備し、会話の流れを読み、適切なタイミングで発言する――これは独立した能力であり、独立した訓練を必要とします。

日本の大学入試英語には、この視点がほぼ完全に欠落しています。

「読めるけど話せない」という現象は、個人の努力不足の結果ではありません。テストがその能力を測っていないのだから、学習者がその能力を優先的に伸ばさないのは当然の帰結です。テストが学習行動を規定する。これは言語テスト研究では washback effect(波及効果)として知られる、十分に実証された現象です。

試験を作っているのは誰か

ここで、あまり問われることのない問いを立ててみます。入試の英語問題を作っているのは、誰なのか。

答えは、大学教員です。各大学の個別入試問題は、その大学の教員が作成します。共通テストは大学入試センターが作成しますが、問題作成に関わるのはやはり大学教員が中心です。

ここで重要なのは、入試問題を作成する教員が、必ずしも言語テスト学(language testing)第二言語習得(SLA: Second Language Acquisition)の専門家ではないという点です。英文学の研究者かもしれません。言語学の研究者かもしれません。あるいは、英語教育とはまったく別の分野の教員が、持ち回りで作成に関わることもあります。

言語テスト学には、テストの妥当性(validity)、信頼性(reliability)、波及効果(washback)、真正性(authenticity)といった概念があります。テストが「何を測るべきか」「測りたいものを本当に測れているか」「テストが学習者の行動にどのような影響を与えるか」を体系的に検討する学問です。これらの知見が、入試問題にどこまで反映されているのか。

ここで指摘しておきたいのは、入試問題の目的がいつの間にか「英語力の測定」から「受験生の選別」に置き換わっているということです。差がつく問題、正答率を調整しやすい問題、採点が効率的な問題。選別に最適化されたテスト設計は、言語能力の包括的な測定とは異なる方向を向いています。

そして、この構造的な問題は連鎖します。入試が変わらない限り、高校の授業は変わりません。高校が変わらない限り、中学も変わりません。入試という出口が読解とリスニングの選択式問題で構成されている以上、そこに向けた授業設計が合理的な選択になります。現場の教員を責めることはできません。彼らもまた、システムの中で最善を尽くしています。

受験対策の勉強が「圧倒的に足りない」理由

受験英語の問題は、測定対象の偏りだけではありません。学習の量と質の両面で、根本的に不足しています。

英語習得に必要な時間の目安

  • FSI(米国国務省外国語研修所)の推計:日本語話者が英語の実用的運用能力を獲得するまでに約2,200時間
  • Cambridge English Profileの推計:CEFR B2レベル(中上級)に到達するまでに約500〜600時間の guided learning(C1レベルでは約700〜800時間)

一方、日本の中学・高校6年間の英語の総授業時間は、おおよそ780〜800時間程度とされています。数字だけ見れば、Cambridge の推計とほぼ同じに見えるかもしれません。

しかし、実態は大きく異なります。

この800時間の多くは、日本語で文法の説明を聞く時間、日本語で書かれた問題集を解く時間、日本語で解説を読む時間に費やされています。英語に実質的に触れている時間(meaningful exposure)――英語を聞き、読み、考え、使っている時間――は、800時間のうちのごく一部に過ぎません。

さらに、受験対策の学習は本質的に「問題を解く」トレーニングです。正解を選ぶ技術、時間内に処理する技術、出題パターンを見抜く技術。これらは確かにスキルではありますが、言語習得に必要な「使う」トレーニング――つまり、自分の言葉で考えを組み立て、相手に伝え、やり取りする経験――とはまったく別のものです。

量だけでなく、質の問題も大きいです。選択式問題への対応力をいくら高めても、それは産出(output)能力を育てません。4つの選択肢から正解を選ぶことと、ゼロから文を構成して発話することの間には、質的な断絶があります。前者ができても後者ができるようにはなりません。これは認知的に異なるプロセスだからです。

受験英語が無意味だとは言いません。ゼロではありません。ですが、「英語が使える」ようになるために必要な学習の量と質に対して、圧倒的に足りていません。そのことを、私たちはもっと正直に認めるべきだと思います。

20年間、何が議論され、何が変わらなかったか

この問題が新しくないことを、年表で確認しておきます。

2002年:文部科学省が「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を発表(2003年に行動計画策定)。「使える英語」の必要性が政策レベルで明文化されました。

2014年:中央教育審議会で、英語4技能試験の大学入試への導入が本格的に議論開始。スピーキングを含む民間試験の活用が検討されました。

2019年:大学入学共通テストへの英語民間試験(英検、GTEC、TOEFL等)導入が決定されました。

2019年11月:地域間・経済格差の問題、試験間の公平性の問題が噴出し、民間試験導入が見送りになりました。

2021年:大学入学共通テストが開始。英語はリーディングとリスニングの2技能構成に。スピーキング・ライティングは含まれていません。

2025年〜現在:共通テストの英語は依然としてマークシート式のリーディング+リスニング。4技能化の具体的な進展は見られません。

「スピーキングを入試で測るべきだ」という議論は、少なくとも20年以上の歴史があります。そして、一度は実装が決まりかけました。にもかかわらず、結局は元に戻りました。

なぜ変わらないのか。それは、関係者のそれぞれに現状を維持する動機があるからです。

大学側は、公平性と効率性を重視します。数万人の受験生のスピーキングを評価する体制を構築するのは、コストも労力も膨大です。マークシートなら機械が採点できます。高校側は、入試に出ないことに授業時間を割く余裕がありません。進学実績が学校の評価に直結する以上、入試対策を優先するのは合理的です。受験産業は、現行の入試形式に最適化されたビジネスモデルを持っています。形式が変われば、教材も指導法も作り直しになります。政府は、2019年の混乱を経験し、制度変更に対して慎重になっています。

それぞれの立場にそれぞれの事情があります。誰か一人が悪いわけではありません。ですが、全員が合理的に行動した結果、システム全体としては誰も望まない状態が維持されています。典型的な集合行為問題(collective action problem)です。

そしてその代償を払っているのは、毎年数十万人の学習者です。

生成AIが突きつける現実

2022年末にChatGPTが登場し、2023年以降、生成AIは急速に社会に浸透しました。翻訳、要約、文法チェック、語彙検索、文章の校正――これらの作業を、AIはほぼ瞬時に、かなり高い精度でこなします。

ここで、ある事実に気づきます。

生成AIが代替できる英語能力と、受験英語が測定してきた英語能力は、驚くほど重なっています。

文法の正確さ。語彙の知識。文章の読解と要約。情報の検索と整理。これらは、まさに受験英語が重点的に測定してきた能力であり、同時に、生成AIが人間を凌駕しつつある領域です。

では、AIに代替できない英語能力とは何でしょうか。

  • 対面でのリアルタイムのやり取り――間合い、表情、声のトーンを含むコミュニケーション
  • 交渉や説得――相手の反応を見ながら戦略を調整する力
  • 微妙なニュアンスや言外の意味の読み取り
  • 異文化的な文脈の理解と、それに基づく適切な言語運用
  • 英語を通じた信頼関係の構築

これらは、人間が身体を持ち、その場にいて、相手と時間を共有することで初めて成立する能力です。そしてこれは、まさに受験英語が測定していない能力と一致します。

この一致は偶然ではありません。受験英語は、言語運用のうち「機械的に処理可能な部分」を中心に測定してきました。機械的に処理可能だったからこそ、大規模テストで効率的に測定できたわけです。そして今、その「機械的に処理可能な部分」を、文字通り機械が処理できるようになりました。

AI時代に本当に価値を持つ英語力は、AIにできないこと――つまり、人間同士のやり取り、交渉、関係構築です。にもかかわらず、入試が測定する英語力の定義は、AI登場以前から一歩も動いていません。

では、どうすればいいのか

構造的な問題に対して、個人で全てを解決することはできません。しかし、それぞれの立場でできることはあります。

個人レベル

受験が終わった瞬間から、「使う」英語学習に切り替えること。受験英語で得た知識はゼロではありません。文法の土台、語彙の蓄積は活かせます。ただし、それだけでは足りないと自覚することが大切です。

生成AIは強力な学習ツールになります。英会話の練習相手、英作文の添削、発音のフィードバック。かつては高額な個人レッスンでしか得られなかった環境が、ほぼ無料で手に入る時代です。使わない手はありません。

教育者レベル

授業の中でインタラクションの機会を最大化すること。限られた授業時間の中で、1分でも多く、学生が英語を「使う」時間を作ることが重要です。

AIを添削ツール、練習相手、フィードバック装置として授業に組み込む。教員一人で30人の学生に個別フィードバックを返すのは物理的に不可能ですが、AIの助けがあれば現実的になります。

制度レベル

スピーキングとインタラクションの能力を入試で測る仕組みの段階的な導入。一気に全面導入が難しいなら、まずは一部の大学から。まずはパイロットプログラムから。

2019年の失敗から学ぶべきは、「やらない」ことではなく、「どうやるか」を精緻に設計することです。公平性の担保、地域格差の解消、評価基準の標準化。課題は明確であり、解決不可能ではありません。

社会レベル

「英語力=テストの点数」という等式を問い直すこと。TOEIC 900点でも英語で会議ができない人がいます。スコアが低くても、海外で仕事を回せる人がいます。

企業の採用基準、昇進の条件、社会的な「英語ができる」の定義そのものを、より実態に即したものに更新していくこと。それが、教育を変える最も強力なドライバーになります。

結びに

この記事は、誰かを攻撃するために書いたものではありません。入試問題を作っている大学教員も、受験対策に奔走する高校教員も、必死に勉強する受験生も、それぞれの立場で合理的に行動しています。

ただ、その「合理的な行動」の集積が、システム全体としては大きな非効率を生んでいます。毎年数十万人の学習者が、中学・高校の6年間をかけて、英語の一部の能力だけを伸ばし、最も重要な能力――人とやり取りする力――をほとんど訓練しないまま大学に送り出されています。

この問題は20年以上前から指摘されてきました。「英語が使える日本人」を育てようという掛け声は何度も上がりました。そのたびに、構造は元に戻りました。

しかし今、状況は変わりつつあります。生成AIの登場は、「受験英語が測ってきた能力の多くは、もはや人間が独占する必要のない能力だ」という事実を突きつけました。AIにできることを人間が6年かけて訓練し、AIにできないことを訓練しない。この構図の不合理さは、もう無視できないところまで来ています。

制度を変えるには時間がかかります。しかし、個人の学び方を変えること、教室での時間の使い方を変えること、「英語ができる」の意味を問い直すこと――これは今日からできます。

見て見ぬふりをする理由は、もうありません。

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