なんで英語なのか
英語が素晴らしい言語だから学べ、という話ではありません。世界は英語だけでは成り立っていません。英語を使わない国は山ほどあるし、中国語の話者は英語話者より多いし、スペイン語・アラビア語・ヒンディー語・ロシア語にも巨大な話者人口があります。それでも英語を学ぶ理由を、正直に書きます。
担当教員の立場を先に書いておく
正直な話、教員自身は、英語を必修科目から外した方がいいと思っています。無差別に大勢に教えるよりも、本当にやりたい人にリソースを集中させた方が合理的だろう、と。
ただ、これは制度への意見であって、制度が変わるまで学生を放っておいていいわけではありません。今この瞬間、必修で英語をやらざるを得ない学生がいる以上、その時間を無駄にしない手助けをするのが教員の仕事です。必修制度に違和感を持っていることと、必修でやる以上その時間を有意義にする手伝いをすることは、同じ人間の中で両立します。
給料をもらっている立場でもあります。そして現実として、英語は必要だとも思っています。なぜそう思うのかは、この先で書きます。
日本の大学という環境について
これも正直に書きます。本当に自分のやりたいことだけをやるなら、大学に来ること自体がリスクでしかありません。時間とお金の投資として見ると、タイパもコスパも悪い。もっと効率のいい選択肢はいくつもあります。その中でも、日本の大学はリスクが特に大きい環境です。海外の大学が絶対にいい、とは言いません。海外の大学にも別の問題があります。
ただ、日本の大学には、ずっと学生を放置してきた歴史があります。学生は逃げるし、教員の多くは研究を盾にして学生への責任から降りてきた。それが積み重なって今の空気を作っています。あなたが何となく感じている「大学、別に面白くないな」の原因の一部はここにあります。
そこに巻き込まれているあなた自身が、その中でどう動くかという話です。教員側ができることは限られていますが、少なくともこのクラスに関しては、逃げずに向き合うつもりでいます。日本の教育だけを受けた人材の価値は、グローバル基準で見たとき下がっています。お金のある家庭の子供は、もうすでに高校・大学から海外に出ています。それが何を意味するかは、5年後、10年後にはっきりしてきます。
日本の英語教育が作った刷り込み
日本で英語を学んでいると、無意識のうちに「海外の人=英語が話せる白人=アメリカ的な価値観」という像が頭に植え付けられます。これは教育による刷り込みに近いです。現実はそうではありません。
日本に来る外国人の多くは、東南アジア、南アジア、中東、南米、アフリカから来ています。彼らのほとんどは英語ネイティブではありません。母語はタガログ語、ベトナム語、ネパール語、ヒンディー語、アラビア語、ポルトガル語、スペイン語など、実に様々です。ニュースで報じられる「海外の反応」が英語圏のものばかりに偏っていることにも、同じ構造があります。
それと関連して、日本の「英語英語」という空気そのものが、実はちょっと気持ち悪い側面を持っています。英語ができると偉い、英語圏の価値観が進んでいる、という暗黙の前提。これは薄々みんな感じているはずです。
仲良くなる話ではない
よくある英語学習の売り文句に「英語を学べば世界中の人と友達になれる」というのがあります。これは半分嘘です。
本当の意味で誰かと関係を作ろうと思ったら、相手の母語を学ぶのが一番早いし、深いです。ベトナム人と仲良くなりたいなら、ベトナム語を少しでも話そうとする方が距離は縮まります。英語で済ませるのは、ある意味「相手の領域に入らない」という選択です。それはそれで一つのスタンスですが、「英語=仲良くなる道具」という発想は、相手の文化を軽く見ていることにもなります。
つまり英語は「友情の言語」ではありません。もしそうだったら、日本人が英語を話せないことを悔しがる理由も、子供を海外に出す家庭が増える理由もない。英語は別の役割を担っています。次で書きます。
英語は「情報にアクセスする道具」
現実的な話として、英語を学ぶ最大の理由は情報へのアクセスです。
世界で流通している情報の大部分は、最初に英語で書かれます。学術論文、技術ドキュメント、一次報道、業界の議論、海外の専門家同士のやり取り。日本語訳されるものはその一部で、しかも遅れて、しばしばバイアスがかかった形で入ってきます。英語で一次情報を取れる人と、日本語訳を待つ人の間には、情報の鮮度でも深さでも、はっきり差がつきます。
メディア業界を少しかじっている立場から言うと、日本では英語が読めない人があまりに多く、どこから情報を取ってきているのか疑問になるレベルです。日本語のメディアだけ見ていると、世界のごく一部の、しかも編集された断面だけを見ていることになります。それで満足している人はそれでいい。ただ、そこに違和感を持つなら、英語で一次情報にアクセスできる道具を自分で持つしかありません。
英語がその役割を担っている、歴史の偶然
そもそもなぜ英語が国際的な情報の共通語になってしまったのか。これは英語が言語として優れているからではなく、歴史の偶然です。16〜17世紀にイギリスが世界中を植民地化し、18世紀以降にアメリカが経済的・軍事的な覇権を握った。その結果、学術・ビジネス・ネットの公用語が英語になってしまった。もし歴史が違っていれば、スペイン語やアラビア語や中国語が同じ役割を担っていたかもしれません。
実際、スペイン語が中南米で広く使われるのは、スペインの植民地支配があったからです。アメリカのスペイン語話者は、スペイン本国より多いくらいです。
英語が「良い」のではなく、英語が「そうなってしまっている」というのが正確な言い方です。道具として割り切る、というスタンスでいい。
現実的に何が変わるか
給料と選択肢に差が出る業界が確実に存在します。残念ながら事実です。
- 外資系企業: 年収差300万円以上も珍しくない
- IT業界: 英語ドキュメントが読めるかで業務効率が段違い
- 研究職: 英語論文が書けないと国際的に相手にされない
- 製造業: 海外展開している企業では昇進の条件に
2009年から2010年あたりに、多くの大手企業が方針を180度転換しました。急に「英語ができる人材」を重視し始め、10年経った今、それが普通になっています。業界の条件は1年でガラッと変わります。あなたが入社する頃には、今とは違う条件が求められている可能性が高い。
「お金が全てじゃない」という人もいるでしょう。でも、お金があった方が選択肢は確実に増えます。
身の回りがもう「国際化」してしまっている
「俺は海外に行かない」と思っていても、海外の方から日本にやってきています。地方でも普通に起きていることです。
- 岩手・盛岡の酒蔵 → ヨーロッパに日本酒を輸出
- 神戸の小さな酒屋 → 海外向けオンライン販売で売上アップ
- コンビニのスタッフ → 外国人観光客への対応が日常業務に
- 介護・看護の現場 → 外国人介護士と一緒に働く機会が増加
AIがあるから不要?
AI翻訳は年々良くなっています。読み書きはかなりの部分がAIに任せられます。ただ、リアルタイムの会話、微妙なニュアンス、信頼関係の構築は、まだ人間同士の直接のやり取りに優位があります。それに、AIに指示を出すのも、AIの出力の良し悪しを判断するのも、結局は言語力の問題です。AI時代にこそ言語運用能力が効いてくる、という見方もあります。
OECDの報告書でも、「AIでは限界のある言語運用能力がますます必要」と明言されています。
今じゃないといつやるのか
社会人になってから外国語を学ぶのは、めちゃくちゃ大変です。
学生時代の今が一番やりやすい時期です。時間がある、脳が柔軟、失敗してもOKな環境。
社会人になると、毎日残業で勉強時間が取れない、自由になるお金が限られる、仕事で疲れて集中できない。「いつかやろう」と思っている人の99%は結局やりません。
「手に職」としての外国語
外国語スキルは「手に職」系のスキルです。一度身につければ一生使える。転職時の武器になる。副業の選択肢が増える(翻訳、通訳、オンライン講師)。情報収集の幅が格段に広がる。
現代は一生学び続ける時代です。外国語ができると、最新の情報に日本語より早くアクセスできる、海外の優秀な人から直接学べる、世界中の知識を活用できる。要するに、「お金を生み出すツール」として機能します。
で、あなたはどうするのか
ここまで書いた現実に対して、どう動くかは自分で決めるしかありません。教員側が「こうしなさい」と言う話ではないし、言ったところで意味もない。
「日本の英語教育は気持ち悪い」「必修制度は効率が悪い」「英語は情報の道具でしかない」「でも実際に情報を取らないと取り残される」。これが同時に成り立っているのが現実です。この矛盾をどう飲み込むかは、一人ひとりが考えることです。
英語II という授業について、もう一つ正直な話
英語I・英語IIという科目の枠組みそのものは、率直に言うと時代に合っていない部分がかなりあります。カリキュラムが想定していた時代と、今あなたが置かれている環境(AI・情報アクセス・就職市場)は、もうだいぶずれています。
この授業を作ってくれた先生方や、今も一緒に担当している先生方の労力と立場があるので、これを公の場で大声では言いません。教室でも、やんわりとしか言っていません。ただ、このページを読むあなたには、率直に書いておきます。
結論は単純です。「英語I・英語II」という科目の枠を忘れて、自分でどんどんやっていく。Glexaの課題は単位のために最低限こなすとして、本当に使えるようになりたいなら、授業の外で自分なりの時間を投資するしかありません。
本当に使えるようになりたい人は、時間をかけるしかない。近道はありません。
自分でやろうと決めた人に対しては、志柿はサポートします。問い合わせフォームから相談を投げてください。必修の枠を超えて自分の時間を投入する人に対しては、この姿勢でいます。